古川日出男『アラビアの夜の種族』
"Arabian Nightbreeds"、無名の著者(有名ではないという意味ではなく、ノークレジット)による作で、それゆえ多くの翻訳者・編集者が自らの名前で好き勝手に改竄を施してきた物語の、日本語訳。だからこれは物語の物語だ。
ナポレオンの邪眼からエジプトを守るため、首長の一人イスマイール・ベイの奴隷アイユーブは奇策を立てる。折から探しあてた『災厄の書』、読んだものを虜にして離さないというこの稀代の書を翻訳し、ナポレオンに献上するというのだ——というのはアイユーブがイスマイール・ベイに語った嘘で、本当はそのような書などはなから存在しない。ではどうするのかというと、ある語り部に、夜な夜な物語を語らせ、それを筆記して書を少しずつ作り上げていくのだ。
毎夜語られるのは、物語! 無限に拡がり続ける迷宮を中心とする、アラビアン・ファンタジーだ。説明を試みようとするとうまくいかず、陳腐そうに聞こえてしまうのでやめとこう。けれどこれがなかなか面白くて、飽きがこない、引き込まれる、これが語りの妙というやつか。この話だけを取りあげて一個の話にパッケージしたとしても、ほかに見劣りすることはないだろうって代物だ。
そして読み終えてみれば仕掛けは明らかで、(ウィザードリィ云々というのは措いといて、)この本が翻訳であるなどというのはもちろん嘘なわけで、となるとこの本自体を包む現実というものもひとつの物語と化してしまう。そういうのも面白い。
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