ちくま日本文学 坂口安吾
- 作者: 坂口安吾
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2008/02/06
- メディア: 文庫
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二十のときに教員をしていたという頃の話、『風と光と二十の私と』が面白かった。人のことこんな風に書いていいんかと思う。印象に残ったのは:
私は放課後、教員室にいつまでも居残っていることが好きであった。生徒がいなくなり、外の先生も帰ったあと、私一人だけジッと物思いに耽っている。音といえば柱時計の音だけである。あの喧騒な校庭に人影も物音もなくなるというのが妙に静寂をきわだててくれ、変に空虚で、自分というものがどこかへ無くなったような放心を感じる。私はそうして放心していると、柱時計の陰などから、ヤアと云って私が首をだすような幻想を感じた。ふと気がつくと、オイ、どうした、私の横に私が立っていて、私に話しかけたような気がするのである。私はその朦朧たる放心の状態が好きで、その代り、私は時々ふとそこに立っている私に話しかけて、どやされることがあった。オイ、満足しすぎちゃいけないぜ、と私を睨むのだ。
「満足はいけないのか」
「ああ、いけない。苦しまなければならぬ。できるだけ自分を苦しめなければならぬ」
「なんのために?」
「それはただ苦しむこと自身がその解答を示すだろうさ。人間の尊さは自分を苦しめるところにあるのさ。満足は誰でも好むよ。けだものでもね」
あと『勉強記』というのが、おかしくて、外にいるのに読んでる間笑いを堪えることができないのだった。『桜の森の満開の下』もよかった。