高校生のための読書ガイド

という名の、おれの読書感想にっき。小並感/ネタバレ有で

塩川伸明『民族とネイション—ナショナリズムという難問』

民族とネイション―ナショナリズムという難問 (岩波新書)

民族とネイション―ナショナリズムという難問 (岩波新書)

(そんなことこの本には書かれてないが)民族ってのは人間集団の自意識である。自意識が諸悪(とは言わないまでも、諸面倒)の根源であることは皆さん知ってのとおりだが、その地球規模の問題を見ておこうというわけ。

民族意識・エスニシティというのは普通に暮らしてる限りじゃおとなしいものなんだが、これが政治的な意図をもって動員されると面倒ごとの原因となる。集団としての自意識を持つことは他者との境界線を引くことであり、場合によってはその外側を「敵」とみなして内側の結束を強めるはたらきがある。そのパワーを為政者なりアジテータが望むわけだ。しかし本書でも強調されるようにそういった目論見は得てして過熱、そして制御不能に陥り、「魔法使いの弟子」のようになってしまう。

国際社会は通常、安定を望み、国境の引き直しを望まない傾向があるため、民族を主体とする新たな国家の誕生は大戦の終了に伴うことが多い。というわけで第一次・第二次大戦、冷戦の終了時それぞれの状況をこの本では個別に見ていく。

ひとつ挙げると、分かりやすかったのはチェコスロヴァキアの例。チェコ人とスロヴァキア人はもともと近い関係にあったのだが、チェコ人地域とスロヴァキア人地域が別々の国の支配下にあったため、政治的・経済的に歴史が異なっていた。そのため知識人・エリート層の多いチェコ人の主導で国家が樹立することとなり、これがスロヴァキア人の不満を招いた。チェコにはマイノリティとしてドイツ民族がいたのだが、彼らの民族運動はスロヴァキア人にとっては「敵の敵は味方」の論理で支持されて、これが第二次世界大戦中のナチズムの受容につながる(pp. 104-106)。ちなみにこの後、チェコ(プラハ)にまつわる本を偶然、連続して読むことになりますよ。

諸国の国民国家の形成には、西ヨーロッパの国々がモデルとされ、ともすればそのナショナリズムのあり方が最も自然な形だと誤認してしまうかもしれないが、それら「先進国」の国家形成もさまざまな過程を経て今の形に落ち着いた(昨今の状況を見ても、落ち着いていると言えるわけではないけれど)のだということを忘れてはいけない。たとえばフランスの場合、はじめから共通のエスニシティが意識されたわけではなく、共和主義の理念に人々が集い、それが国家になって後に、たとえば国民にフランス語が広められていった(pp. 42-44)。ちなみにイギリスはフランスに対抗する形で国民国家を形成していったという経緯があり、フランス革命は直接間接に、ひとつの発端だったのだなと知る。

あと民族問題につきまとうのが、マイノリティの問題。一般的には少数民族をマイノリティと呼べるが、彼らにとってのマジョリティも相対的なものであって、そのマジョリティも自らをマイノリティだと思っていたり、被害者意識を持っていることもあるので(p. 114、ソ連におけるロシア人の例など)、ややこしい。最初に書いたとおり、これは本質的に自意識の問題なんだろうと思う。

平明かつ冷静で、いい本だったと思う。世界史をひと通り勉強したらまた読みたい。