高校生のための読書ガイド

という名の、おれの読書感想にっき。小並感/ネタバレ有で

族長の秋

族長の秋 ラテンアメリカの文学 (集英社文庫 カ)

族長の秋 ラテンアメリカの文学 (集英社文庫 カ)

[……]ところで、タバコの巻き紙を捜していたとき、偶然、ずいぶん昔のことだが、何も思いだせなくなる日にそなえて書き止めておいた、メモの切れっぱしが見つかった。その一枚に目を通すと、明日は火曜日、と書かれていた。お前の白いハンカチの、このイニシャル、赤で縫取りされたイニシャルが気になるな、気の毒だけど、閣下のものじゃないわ、と書かれていた。好奇心をそそられて読むと、お前を失って今はこのざまだ、レティシア・ナサレノ、と書かれていた。やたらとレティシア・ナサレノという名前が目についた。心の嘆きをこんなふうに、牛の小便のように書き残すほど不幸な人間がいったい何者であったのか、まったく見当がつかなかったが、しかし彼自身の文字であることは間違いなかった。[……]

独裁者の邸宅でその死体を発見する誰かの語りからはじまって、ひとつの段落(というよりは章)の中で話者をころころと変えながら語られるのは、独裁者のエピソードで、不都合な人物たちを簡単に殺してしまういっぽう裏切り者の影におびえ、母親を愛した、彼の孤独だった。権力を掌握していたというよりは権力に愛された、半神のような彼の、孤独だった。書いたとおり語りは独特で何人もの名前も顔もない語り手たちが自在に入れ替わり立ち替わり話を紡いでいて、全部が全部を把握しながら読むのは大変そうだったので目が滑ったところはそのままにして読んだ。